養老山 立国寺~千葉県市原市戸面~
由緒
源頼朝が天下統一の石橋山がっせいんにおいて大庭景親にやぶれて上総へ敗走した。
その際に養老山のて持参の観音像に祈願した地が後の立国寺となった。
ご本尊
出世観音像
所在
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メモ
「出世観音」は今を去る八百年前、源頼朝公が天下統一の旗揚の際、石橋山合戦において大庭景親に敗れ、九死に一生を得て安房に逃れ転じ上総に入り、再起を賭け昼間なお暗き当処の山谷に立て篭もり、平素甲冑に持参の観音像を茅舎に奉祭して、一心不乱に戦勝祈願をされ、三浦義澄・上総介広常・介常胤・下野の小山朝政・下総の下河辺行平・安西景益等の助けを借り下総より関東に攻め入り天下を平定・掌握し、公家社会から武家社会の初めての頭領と成ったとされています。
